【元祖1式】手記 2020/12/19

相変わらず、元祖1式思考停止を続けている。

今年もあと2週間弱だが、その間ずっと続けてみるつもりだ。

 

起こる現象がきっかけで心が苦しくなった時、

あえて思考停止から降りて、自分の気持ちを正直に振り返ってみたりしつつ

また思考停止に戻ったりすると

大きな気づきが起こる。

 

心が苦しくなっても、それも思考停止するという方法もあると思うが

 

今の私は臨機応変にやっている。

 

 

 

思考停止をしていると

思考している自分が、現実をつくっているというのが

俯瞰して見える様な感覚になる。

 

「あ・・こんなこと考えたり、反応していたら

そりゃ、ずっとあの状況のままだよな・・」

 

現象という「結果」の、真の「因」である

自分の心の中の反応やセルフイメージによく気づくのだ。

 

("自分(の現象・結果)は

 他人や世界にもたらされた「犠牲者」"ではないということ。

 

 かといって、予測不可能性というのもエゴ・世界にはあるので

 それを顕在意識ともいえる狭い視点でコントロールできるものでもない。

 =取り消して、委ねるだけ(元祖1式・コースの赦し))

  

 

 

散歩しながら思考停止していると

それはそれは、様々な考えがずっと浮かび続けていることに

本当によく気づく。

 

過去の出来事や、他人のこと、自分を責めること

現状に対する相変わらずな(心理的)反応・・・

 

こういった思考の動きは

何年も前から気づいていたが、いまだにそうだ。

 

然るべき練習・実践をしなければ

そういう思考の働きにきづいたとしても

ずっとそのままなのだ。

 

 

 

 

散歩していると

この平和な日本の光景の中で、穏やかに人々が

無言で通り過ぎていく。

 

自分の内側をこうやって内観する習慣がある人もいるが

それに興味すらない人も多く思う。

 

思考停止なり内観なり

自分に向き合うことをしない方が不自然な私にとって

 

 

それでも楽しそうに幸せそうに日常送ってらっしゃるのが

ふと不思議な感じがするのだ。

  

なんとなく素朴に疑問を感じた。

そしてすぐそれも思考停止した。

 

 

 

ここの所、思考停止に集中していて

スッと、思考停止の安らいだ状態になれる。

 

1さんや実践者たちさんも言っていた様に

思考が浮かんでくるのは仕方がないことで

それに乗っからないこと。

 

そんな風に、気楽に、力を入れずに

淡々と染み渡るかのように思考停止アファをずっと聞いていて

 

本当にそれが自分の中に染み渡っていっているのがわかる。

 

 

1さんは

「コンピューターのバグが蓄積されるのを

 その時その時で除去する」

と例えていた。

 

 

また、なんの例えだったかは忘れたが

 「コップの中の汚れた水も

 一滴一滴真水を入れていけばきれいになる」

といった話もある。

 

淡々と、気楽に、リラックスして。これからもいきたい。